Z世代は承認欲求が強い、とよく言われる。
SNSでいいねを集め、フォロワーを増やし、バズることを目標にする。承認欲求を満たすことが、一つのゲームになっている。
でも、吃音持ちとしてこの話を聞くと、少し複雑な気持ちになる。承認欲求と吃音には、深い関係があると思っているからだ。
吃音持ちは承認欲求が強くなりやすい
吃音で育つと、承認欲求が強くなりやすいと感じている。
うまく話せない自分を何度も見せてきた。笑われた。無視された。伝わらなかった。そういう経験が積み重なると、「認めてほしい」「受け入れてほしい」という気持ちが強くなる。
声でうまくアピールできない分、他のところで認められたいという欲求が生まれる。それ自体は悪いことじゃない。でも、その欲求が歪んだ形で出ると、問題が起きる。
承認を外に求めすぎると、消耗する
SNSでいいねを集めることで承認欲求を満たそうとすると、終わりがない。
いいねが増えても、もっと欲しくなる。フォロワーが増えても、減ったら不安になる。他人の評価に自分の価値を委ねると、精神的に消耗する。
吃音持ちはただでさえ、日常の会話で傷つく場面が多い。その上にSNSの承認ゲームまで加わると、メンタルへの負担が大きくなる。
内側からの承認を育てる
承認欲求を完全になくすことはできない。それは人間として自然な欲求だ。でも、外側からの承認だけを頼りにしないことが大切だと思っている。
内側からの承認——自分が自分を認めること——を育てることが、長期的にはメンタルを安定させる。
自分が頑張ったことを認める。失敗しても立ち上がった自分を褒める。吃音があっても前に進んできた自分の強さを認める。そういう習慣が、外部の評価に振り回されない自分を作る。
Z世代と吃音、共通する孤独感
Z世代が承認欲求を強く持つ背景には、孤独感があると言われている。
SNSでたくさんの人とつながっているように見えて、本当の意味でわかり合える人がいない。そういう孤独感が、承認欲求を加速させる。
吃音持ちの孤独感と、Z世代の孤独感は、形は違っても根っこは似ているかもしれない。「本当の自分を見せられない」「理解されない」という感覚。
吃音を語ることが、承認欲求を満たす健全な方法になる
吃音の経験を発信することは、承認欲求を満たす健全な方法になりうると思っている。
バズるためじゃなく、同じ経験を持つ人に届けるために書く。フォロワーを増やすためじゃなく、一人の人の心に寄り添うために書く。
そういう発信をしていると、本当に必要な承認——「あなたの言葉が助けになった」という言葉——が返ってくることがある。その一言は、何千いいねより価値がある。
承認欲求を力に変える
承認欲求は、うまく使えばエネルギーになる。
認められたいという気持ちが、発信を続ける力になる。伝えたいという欲求が、文章を磨く動力になる。
吃音があっても、認められる場所がある。声がなくても、価値を伝えられる。Z世代の承認欲求ブームの中で、吃音持ちなりの発信の形を見つけていきたい。

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