LINE、Slack、X(旧Twitter)——気づけば、一日の大半のコミュニケーションがテキストで完結している。
電話よりチャット、対面より文字でのやり取りを好む人が増えている。テキストコミュニケーションが、もはや「補助的な手段」ではなく、「主要な手段」になった時代が来ている。
吃音持ちとして、この変化を、これまでで一番大きな追い風だと感じている。
声に頼らない時代の到来
これまでの社会は、声で評価される場面が多すぎた。電話、対面の会話、会議での発言。声を出すことが、社会参加の前提になっていた。
でも今、テキストでのコミュニケーションが主流になったことで、その前提が崩れ始めている。仕事の連絡も、友人とのやり取りも、ビジネスの交渉も、テキストで完結する場面が増えている。
吃音持ちにとって、これは長年待ち望んでいた変化だと言ってもいい。
テキストなら、対等に勝負できる
声で話すとき、吃音があると、どうしても不利な立場に立たされることがあった。
でも、テキストでのやり取りでは、吃音は一切関係ない。文章の内容、論理性、伝え方の工夫——そこで評価される。声の出し方で評価が左右されない世界は、吃音持ちにとって、初めて「対等な土俵」だと感じられる場所だ。
テキストで培ってきた力が、今、報われている
吃音があることで、声でうまく伝えられないもどかしさを抱えながら、文章で伝える努力をしてきた人は多いと思う。
メールの言葉を慎重に選ぶ。メモを丁寧に書く。考えを整理してから伝える。そういう習慣が、知らないうちに「テキストコミュニケーション力」として育っていた。
テキスト全盛の時代が来たことで、その積み重ねが、ようやく正当に評価される時代になった。
それでも、声のコミュニケーションが消えるわけじゃない
ただ、テキストが主流になったとはいえ、声でのコミュニケーションが完全になくなるわけじゃない。
重要な交渉、感情を込めた会話、緊急時の連絡——声でしか伝えられないこともある。テキストに頼りすぎることで、声を出す機会を完全に失ってしまうことには、注意が必要だと思っている。
テキストと声、両方を大切にする
テキストコミュニケーション全盛の時代を、吃音持ちにとっての追い風として最大限に活かしながらも、声を出す練習を完全にやめないことが大切だと思っている。
テキストで自信をつけながら、声でのコミュニケーションにも少しずつ向き合っていく。両方をバランスよく育てていくことが、これからの時代を生きる吃音持ちにとって、大事な姿勢だと感じている。
テキストコミュニケーション全盛の時代に、心から感謝している。これまで生きづらかった部分が、少しずつ楽になってきている。

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