「実は僕、吃音なんですよね」
初めてそれを言えた時、不思議なくらい楽になった。
ずっと隠していた。うまく話せない自分を悟られないように、言葉を選んで、順番を変えて、誤魔化し続けてきた。その疲れがどれだけ大きかったか、言えるようになってから初めて気づいた。
隠し続けることの消耗
吃音を隠しながら話すのは、ものすごくエネルギーを使う。
言いにくい言葉が来たら瞬時に言い換える。話す前に頭の中でシミュレーションする。吃ったとしても気づかれないように自然に流す。これを会話のたびに無意識にやり続けている。
そのエネルギーを全部、話すこと自体に使えたらどれだけ楽だろう、と思っていた。
カミングアウトしたら、相手の反応が変わった
あるとき、思い切って「吃音なんです」と先に言ってみた。
相手の反応は、思っていたより全然普通だった。「そうなんだ」「気にしないよ」「ゆっくり話して」。それだけだった。引かれることも、笑われることもなかった。
そして不思議なことに、言った後は吃音が出にくくなった。隠さなくていいという安心感が、緊張をほぐしてくれたんだと思う。
自分が思うほど、吃音は気にされていない
吃音持ちは、吃音を必要以上に気にしている。
相手は実は全然気にしていないのに、自分だけが「また吃った」「変に思われた」と引きずっている。その思い込みが、次の会話への緊張を生む。緊張が、また吃音を引き起こす。
カミングアウトすることで、その悪循環を断ち切れる。「吃音です」と言ってしまえば、もう隠す必要がない。吃っても「そういう人なんだ」で終わる。
全員に言う必要はない
もちろん、全ての人にカミングアウトする必要はない。
信頼できる友人や、これから長く関わる人に対してだけでいい。職場の同僚や、仲良くなってきた人に、さらっと伝えるくらいでいい。
「実は吃音で」と一言言えるだけで、その後の関係が楽になる。相手も接しやすくなる。お互いにとって、いい方向に働くことが多い。
吃音は、隠すものじゃない
長い間、吃音を恥だと思っていた。隠さなければいけないものだと思っていた。
でも今は違う。吃音は自分の一部だ。それを隠し続けることは、自分を隠し続けることだ。
少しずつでいい。信頼できる人から、伝えてみてほしい。きっと思っていたより、世界は優しい。

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